大判例

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京都家庭裁判所 平成元年(家)2699号 審判

主文

一  1 相手方は、申立人に対し、日本国内において、申立人が事件本人と面接交渉することを認めなければならない。

2 面接の日時、場所等の具体的方法については、その都度、申立人と相手方において、事前に協議して定める。この場合、事件本人の福祉を優先的に考慮すること。

3 申立人と事件本人の面接交渉の方法として、事件本人の希望があれば宿泊を伴う面接も認めなければならない。

4 申立人と事件本人の面接交渉に要する費用は、申立人の負担とする。

二  申立人が事件本人と日本国外(フランス)での面接交渉を求める申立てについては、事件本人が中学校に進学するまでこれを認めないこととし、それ以後の申立人と事件本人との日本国外(フランス)での面接交渉については、同時点において改めて当事者間において協議するものとする。

三  本件審判費用は、各自の負担とする。

理由

第一  申立ての趣旨

1  相手方は、申立人が希望するときは、事件本人を申立人と面接させよ。

2  相手方は、申立人が希望するときは、申立人が事件本人とフランスで滞在し、生活を共にすることを許さなければならない。

第二  本件の経緯等

1  申立人は、フランス国籍を有する科学者であり、デンマーク工科大学教授等の経歴をもち、現在はフランスに居住し、ニースの大学教授(コンピューター関係)として稼働しているものであり、相手方は、日本国籍を持ち通訳、翻訳等の業務についているものであるが、両者は、一九八三年一二月三〇日、フランス国内において、同国の方式により婚姻し、一九八五年三月一日、当事者間の長女として事件本人が出生した。当事者らは、スイス、デンマーク等で同居し、婚姻生活を送つていたが、一九八六年八月ころ、相手方が、事件本人を伴つて日本に帰国する形で別居することになり、以後、現在まで別居状態が続いている。

別居に至る原因としては、当事者間の国民性の相違、言語による意思疎通の困難性、性格の不一致等が考えられるが、いずれか一方のみに、別居に至つた責任を負わせるべき事情は認められない。

2  本件は、平成元年一一月二日、面接交渉を求める審判事件として申立てがなされたが、同年一二月二一日、調停に付され、以後一九回に亙つて調停が続けられた。しかし、平成四年一〇月二八日、調停は不調に終わり、審判に移行したものである。この間、調停委員、家裁調査官及び双方当事者代理人等の努力により、日本国内における申立人と事件本人の面接交渉は、再三行われて実効をあげることができており、その成果を踏まえて、平成四年一〇月二八日の第一九回調停期日には、日本国内における申立人と事件本人の面接交渉につき、

〈1〉申立人は、事件本人と日本国内においては自由に面接交渉することができる。

その面接回数に制限はない。

〈2〉事件本人が希望すれば宿泊を伴う面接も可能である。

〈3〉面接の日時、場所等具体的な方法については、その都度、申立人と相手方との協議により具体的なスケジュールを定める。

ただし、事件本人の福祉を優先的に考える。

〈4〉面接に要する事件本人の費用は、申立人の負担とする。

との合意が成立している。

3  ところで、申立人は、一九九〇年一月一六日、フランス国パリ地方裁判所に、相手方を被告として離婚訴訟を提起し、同裁判所は、一九九一年五月一六日、次の判決(要旨のみ)をした。

〈1〉相手方を有責として離婚を宣言する。

〈2〉申立人の求めた金二〇万フランの損害賠償金請求を棄却する。

〈3〉未成年の子については、母親が親権を行使する。

〈4〉親権を行使しない親も子の扶養及び教育を監督する権利を留保するものとし、これに基づき、子の生活に関連する重大な選択については告知されなければならない。

〈5〉申立人のその余の請求を棄却する。

上記判決に対して、申立人は、子に関する処分と損害賠償請求金とに関して、原判決に対し一部控訴し、パリ控訴院は、一九九二年三月一〇日、次の判決(要旨のみ)をし、同判決は確定した。

〈1〉未成年の子の親権を母に付する点については、原判決を維持する。

〈2〉次の点については、原判決を取消して、以下のとおり変更する。

(1)両親の間において別段の合意がなされない限り、次に定める期間、子を父親のもとに同居せるものとする。

フランスの学校のクリスマス休暇の前半の期間

復活祭休暇中の一〇日間

フランスの学校の夏休み中、偶数年については前半の期間、奇数年については後半の期間(子の旅費については、いずれも、父親がこれを負担することを条件とする)

(2)相手方に対し、損害賠償金として4万フランを申立人に支払うよう命じる。

第三  当裁判所の判断

1  国際裁判管轄権及び準拠法

本件は、フランス人の父(申立人)から、日本人の母(相手方)に対して、フランス及び日本の二重国籍を持つ当事者間の長女(事件本人)との面接交渉を求める事案であるところ、同事件の国際的裁判管轄権に関しては、我が国には特別の規定も、確立した判例法の原則も存在しないが、子の福祉に着目すると子の住所地国である日本の裁判所に専属的国際裁判管轄権を認めるのが相当である。

また、準拠法については、法例二一条に従い母の本国法と同一である子の本国法の日本法が準拠法である。(なお、法例二八条一項により二重国籍を持つ事件本人の本国法は、事件本人の常居所である日本であると解される。)

2  フランス控訴院判決の承認について

上記フランス控訴院判決の承認の問題については、離婚等を内容とする訴訟裁判の部分と面接交渉等に関する非訟裁判の部分に区分して判断されるべきものと解する。

そこで、検討するに、離婚等の訴訟裁判の部分についてはさておき、面接交渉に関する外国の非訟裁判の承認については、日本民事訴訟法二〇〇条の適用はないと解されるが、条理により、その承認の要件としては、外国の裁判が我が国の国際手続法上裁判管轄権を有する国でなされたこと、それが公序良俗に反しないことの二つをもつて足りると考える。

そして先に判断を示したように、本件面接交渉申立審判事件については、日本国が専属的国際裁判管轄権を有するものと解されるので、上記フランス控訴院判決の面接交渉に関する判決事項を承認することはできず、当裁判所が同事項について独自の立場で判断をすることとなる。

勿論、フランス控訴院の判断は、面接交渉の判決事項についても、可能な限り尊重されるべきものであることは言うまでもない。

3  面接交渉の具体的方法等について

{1} 申立人と相手方との間で、日本国内での事件本人と申立人の面接交渉の問題に関しては、上記のとおりの合意が成立しており、諸般の事情を勘案しても、その内容が妥当なものと解されるので、この合意に即して当裁判所も同様に判断する。

{2} 次に、事件本人をフランスに赴かせたうえ、申立人と面接交渉させることの当否について検討することとする。

申立人が、事件本人を学校の休暇期間中、フランスに一定期間滞在させ、面接交渉の実を得たいとする申立ては実父の心情として当然のことであり、当裁判所もこれに異を称えるものではない。ただ、面接交渉はあくまで子の福祉を主眼として検討すべきものであり、現時点においてフランスに長期間滞在して面接交渉を認めることに問題がないかを慎重に考慮せざるを得ない。

〈1〉事件本人の現在の状況

事件本人は、京都市左京区所在のカトリック系私立小学校三年生に在籍し、身体の状況は良好である。(なお、平成四年一二月に骨膿腫のため右肩の手術をし三週間程入院したが、腫瘍は良性のものであり経過は良好で健康を回復している。)

肌の色は白く、髪は栗色であり、小柄で目は大きく可愛い顔立ちである。

調査官の面接による事件本人の印象は、繊細で感じやすいが、感情が溢れるような場面でも耐えて自分の気持ちを冷静に説明しようとする態度を示し、かなり辛抱強い性格である。行動は礼儀正しく、知的な面でも、感受性の面でも優れた資質を持つている。

相手方(母)との関係は、自然かつ良好であり、相互の信頼関係は強いものと認められる。

事件本人の外国語の能力は、フランス語については特別の教育は受けておらず、単語を一〇語位知つている程度であり、会話能力は全くない。英語については、学校で外人教師による週一時限(四五分単位)の英語の歌を覚える方法での授業を受けているのと、週一時限の帰国子女のためのサークル活動を通じての学習と、自宅で相手方が週三時間位英単語と発音を教えているものであるが、文章作成とか会話能力は殆どない。ただし、発音は正確で美しい。

なお、一般的に言えば、事件本人の年令の女児は、外からの刺激に反応しやすく、刺激を受けた場合には理性的な判断をしにくいものと考えられている。従つて、事件本人は住み慣れた日本以外の場所においては防衛的になり、かたくなな態度を取ることが予測され、しかも、このような状態が何日も続くと、とまどい混乱してしまい、行動にちぐはぐな面が出てくる危険性が大きいと考えられる。(湯瀬参与員の意見書参照)

〈2〉相手方の事件本人の渡仏についての意見

仕手方は、事件本人が中学生になつて渡仏を希望する場合は、その意思を尊重したいと考えている。

相手方は申立人に対する不信感が強く、自らが事件本人と同行して渡仏する気持ちにはなれないと述べている。

また、今までの申立人と事件本人の面接交渉の過程から考えると、事件本人が申立人と一緒に過ごすことが可能な時間は、二~三時間程度、長くても半日が限度と考えている。

〈3〉事件本人の申立人との面接交渉に対する印象等

事件本人は、父との面接交渉について、「最初、父と出会つている時には、明るく振る舞つていたが、内心は恐くて淋しかつた。」

「ホテルで泊まつた時、帰ると言つて泣いたが、相手にして貰えず電話も隠された。」

「動物園に行つた時も約束の時間を過ぎて帰りたいと思つているのに帰れず諦めた。」

「学校に手紙やプレゼントを送つてくると友達にいじめられるので、止めて欲しいと手紙で何回も頼んだのに聞いて貰えなかつた。」

「運動会の時も父兄は子供の席に入つたらいけないのに、私の傍を離れないので嫌な思いをした。」

などと、父との面接について、自分の気持ちが父から理解されていないこと、父との面接について不安や暗さを感じている発言をしており、渡仏についても消極的な態度を示した。

〈4〉申立人の事件本人の渡仏についての意見

当初、申立人は、事件本人が半分はフランス人の血を受け継いでいるのであるから、早くフランスの風土に馴染みフランスの文化に接しさせたい、また、自己の年老いた両親と面接させたいなどと主張し、フランスの判決の結論を尊重して、その実行を求めるという態度が強かつたが、最近では事件本人の意思も尊重されなければならないと、柔軟な姿勢を示すに至つている。また、事件本人の英仏語の会話能力がゼロに近いことも認識している。

〈5〉当裁判所の判断

以上の諸事情を勘案すると、事件本人は、まだ年令的にも未熟で母との連帯感が強く、自己の意思で行動する社会性に欠けていること、外国語の会話能力が殆どゼロに近いところから、自分の意図を父に理解して貰えないことに強い不安感を抱いているものと認められる。そして、国内での父との数少ない面接交渉も、結果的には、その不安感を増幅させることになつているものと認められる。

従つて、申立人としては、国内での事件本人との面接交渉を通じて、事件本人の意図を理解し、同人の申立人に対する信頼関係を徐々に高め、事件本人の成育と外国語能力の発達を待つて、同人の自発的意思で渡仏を決心させる努力をすることが必要と考える。また、申立人においても、日本語の会話能力を身につけ、事件本人との意思疎通の幅を広げることが望まれる。

してみると、事件本人が渡仏して申立人と面接交渉することについては、事件本人が小学校を卒業して中学校に進学し、ある程度自主的な判断能力を持ち、外国語の会話能力を身につけた時点で、改めて当事者間で協議して、決定するのが相当であると判断する。

4  よつて、参与員湯瀬治敏、同中川淳及び同溜池良夫の意見を徴したうえ、主文のとおり審判する。

(家事審判官 白川清吉)

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